番外編:50代60代のシンプルライフとシンプルな暮らし方 border=

50代以降のシンプルライフ 

「シンプルライフ」は長い目で見た「人生を通しての生き方」として、「シンプルな暮らし方」は「毎日の生活」という意味で使い分けている。また、40代と50代以降の「シンプルライフ」は違うところまでが前回の内容だった。



50代は家族との関係に変化が起きる時期


50代のシンプルライフ

今回は50代と60代の「シンプルライフ」についてである。50代になってくると人生後半戦と感じる人が多くなってくる。そして仕事という外向きの生き方だけではなく、家族という内向きの生き方に変化が生じる時期である。とは言っても、家族構成にもよるので一般的な話しだと思って読んで欲しい。

親離れと子離れ

30前後までに結婚して子供をもうけると50代には子供が独立する時期になる。同居しているとあまり感じないことだが、経済的にも精神的にも独立することを親も子も考えなければならない時期になっている。親子関係もシンプルにしなければならない。親の子離れ、子の親離れをしなければならない時期だ。

両親の介護は

同じように50代の親は80歳前後である。平均寿命が延びたと言っても健康寿命は過ぎているので本格的な介護を考えなければならない。介護は看護と介助を合わせた造語だと言われているが、運動機能の衰えの介助から認知機能を含めた本格的な介護を考えなければならない。

3つの心理的負担

親と子供のサポートをどのように、どのくらいするかを考える一方で、自分自身の健康不安が発覚したり、定年退職も考えなければならない。親と子と自分という3つの心理的負担が重なる時期が50代の特徴である。親は親、子供は子供、自分は自分というように単純という意味でシンプルには考えられないことが心理的不安になる。




60代は身の丈に合ったシンプルライフを


60代のシンプルライフ

50代のシンプルライフは親と子の関係次第である。自分自身だけのことを考えるのであれば、比較的容易にシンプルライフを考え実行することができる。60代になると自分自身に起きる健康不安や定年退職は、自分の考え方次第なので身の丈に合ったシンプルライフを考えればよい。

身の丈に合ったシンプルライフ

私の友人知人にも何人かいるが、田舎暮らしをし始めたり、店を開いた入り、起業を試みる人がいる。シンプルライフに影響しなければ問題はないのだが、環境の変化に追いつけずに健康を害したり、経済的負担が大きくなったりすることがある。どこかに無理があったのではないかと他人ごとながら心配している。

シンプルライフとは生き方

冒頭にも書いたが「シンプルライフ」とはシンプルな生き方を意味しており、シンプルな生き方は自分自身を知らなければ思考と行動が一致しない。身の丈に合ったシンプルライフとは自分に合ったシンプルライフであり、他人が考えたシンプルライフではないということだ。

シンプルな生き方

シンプルに生きるためには、自分を知る他に自分の軸を持つことも大切である。あれも試したいこれも試したいと日々の暮らしの中で試すのはよい。同じようにあれこれとシンプルな生き方を試していたのでは、頭も体もついていかない。人生前半戦は広く浅くでも良いが、人生後半戦は狭く深くが望ましい。





今回は50代と60代のシンプルライフ、シンプルな生き方について少しだけ書いてみた。ときおり目にする「50/80問題・40/70問題」は、高齢な両親とパラサイトする40代50代の問題のように取り上げられる。最近同じように問題として見たのが「ミッシングワーカー」という言葉で、介護のために求職を諦めたという意味があるらしい。

このような言葉を作るのは簡単だ。言葉に埋もれている問題、そして問題の原因は複雑だ。原因が複雑であれば解決する方法も複雑にならざるを得ない。シンプルな生き方をするためには複雑に考えないようにしなけばならない。逆説的に考えると複雑に考えなくても生きていくことができることがシンプルな生き方とも言える。

複雑に考えなくても生きていくためには、複雑なことを少なくすることだ。毎日の食事、毎日の生活、毎日の仕事、毎日毎日シンプルに暮らしても飽きない暮らし方、むしろ毎日毎日を狭く深く考えて暮らすことが「シンプルな暮らし方とシンプルな生き方」の重なる部分である。

私にとってのシンプルライフとは、毎日同じ考えで暮らしながら、新しいモノ・新しいコトに触れることだ。そうすると古いモノ・古いコトに触れても新しい発見がある。それが今のところ私のシンプルライフである。


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